山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 577)

2014・6・16(月) 絶対矛盾的自己同一

矛盾が矛盾を解消することなく一体化するという。西田哲学の本質である。禅において悟りは一瞬のうちにやってきて自己と天は一体になれると言う。

ヘーゲルの弁証法ではテーゼがアンチテーゼを生み、その矛盾をアウフヘーベン(止揚)することで高次のテーゼが生まれ、この繰り返しで人の心が成長するとしている。

さて日本国憲法の第九条は軍隊を持つことを厳に禁じているが、自衛隊は既に存在している。これを無理なく理解するにはまさに西田哲学の絶対矛盾的自己同一を呑み込む必要がある。

政治の世界では白を黒と言いくるめることも守備範囲であるようだ。国会議員と言うと何となく国民の選良と思えるが、代議士というと三百代言という言葉が浮かんでくるのが不思議である。

こと政界のみならず、マスコミもこの矛盾的自己同一が流行している。例えば東北地方が直面している原子炉事故の影響について放射線被害を伝える場合、被曝のあるなしには必ず両論併記が行われている。放射線汚染を危険視する意見と安全を強調する意見の双方をとりあげ、総論を避ける記事が紙面を被っている。一体どっちが本当かと迷わせるのは困ったものである。

関係する科学者の談話も断定を避ける発言が多い。政府もそれに合わせて「直ちに健康上影響が出るとは考えにくい」などと発表する。どうして語尾を微妙にくらませるのだろう。「ほぼ安全と言える」というのは「万全ではない」と同義語である。これがいわゆる風評被害を蔓延させるのだ。

国民たるもの西田哲学を勉強してまさに日本的な絶対矛盾的自己同一の境地に達しなければ安心立命はかなわない。

凡人にはなかなか難しいことになる。

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山中 千代衛