山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 611)

2015・2・16(月) 光と蔭のあや

このメルマガ「山中教授のマニフェスト」(OELキャンペーン)は昨年末600号に達した。毎月曜日発行であるから10年以上続いたことになる。われながら少々驚いている。よくも内容があったものだと。実のところ最近は取り上げるテーマが払底して、日曜になると四苦八苦しているのが実情である。

それでも時々「大いに共感した」とか「そんなこと考えていたとは意外だった」とか共感や疑問のメールを頂くことがあり、大いに励みになっている。

今までに出した「OELキャンペーン」は(有)オプトエレクトロニクスラボラトリのホームページを訪れて頂くと全編収録されている。

昭和35年に大阪大学工学部電気工学教室に山中研究室を開設して以来、大阪東野田学舎、枚方学舎、吹田への大学移転、レーザー核融合研究センター誕生、レーザー学会発足、(財)レーザー技術総合研究所の開設、姫路工業大学学長の6年間、阪神淡路大震災への対応、レーザー核融合研究センターのレーザーエネルギー学研究センターへの改組、核融合研究の最近10年の苦労、新エネルギーへの期待など色々の曲折を記述してきた。

去年12月この「OELキャンペーン」478から600までをとりまとめ、「光と蔭のあや」と題して出版することにした。秘書の片岡紀子さんの努力によりやっと印刷にかかるまでに仕上がった。

家内の民子がこの校正刷りを見て、昔の事柄を読んで若い頃の空気を思い出し、大変喜んでいるのを見ると、ひょっとしたら年輩者にはうけるかもしれないと密かに望みをつないでいる。

本来は若者への激励文なのだが、さわあれ大部分は日常の不満や新しい希望を書き綴った駄文ばかりである。それでも「いずれ出版するのでしょう」と励まして下さる方もあったので少々気が楽になった。

今までに書き散らした文言はまず「レーザー研究10年の進歩」上下2巻(1983)の元気一杯のレポから「金剛」(1989)というレポは中国で買ってきた木像「金剛」にちなむ話、これは米国リバモア研の「シバの女神」の向こうをはった研究開発のシンボルである。

ついで「光と蔭」(2000)、「光と蔭のはざま」(2005)にOELキャンペーンを収録した。2006年には「慣性核融合研究開発史」A Story of Laser Fusion Pioneersを出版した。スペインのベラルデが出した英文の国際版「Laser Fusion」に対応したものである。

それ以降「レーザー総研20年の進歩」(2007)、「光と蔭の綾」(2010)CD版、「レーザー総研25年の進歩」(2012)CD版がある。いずれも(財)レーザー技術総合研究所発行である。CD版はなかなか見てもらえない。

「光と蔭のあや」は筆者の生き様をありのまま記述したもので、新エネルギー開発にかけた50年が画かれている。歴史は若い人達の為にある。

ぜひ若者の共感をよび、新エネルギー研究開発に献身的な活動を期待したい。

お便りはcampaign@optolab.co.jpまでお願いします。

山中 千代衛