山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 612)

2015・2・23(月) メディアの萎縮

朝日新聞はわが国の代表的な大新聞、メディアの手本と見なされていたが、長らく中国よりの報道が得意で、従軍慰安婦の報道では長年にわたって誤報を流しつづけ、間違いが判明しても一向に訂正、謝罪をしようとしなかった。

福島第一原子力発電所では吉田所長の命令に違反して所員が逃亡したという誤報を流しつづけた。本来の公正な報道に対する自己管理が全く出来ていない状況が続いた。

先日パリで起きたテロ事件もその類で、イスラム予言者「ムハンマド」の風刺画をとりあげた週刊紙「シャルリ・エブド」に対する報復が行われた。

日本でも「ヘイトスピーチ」と呼ばれる朝鮮人に対する差別的表現もこの類である。このような極論的言論が許されるものではない。文化の違いを互いに認めて節度のある言論が求められる。

去る12月衆議院選挙の前に、政権与党の自民党から「報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願」という文書がテレビの一局に配布された。それ以降テレビ局のみならず新聞や雑誌が一斉に自粛モードに入っている。政権の意向を忖度しすぎた状態にある。

元来メディアはもっと図太く、根性があると思っていたが、案外サラリーマン志向に陥っているようだ。

メディアには自由な言論活動を保ち、つねに権力の動向を監視することが課されている。これなくしてメディアに国民が特権を付与することはあり得ないのである。

公平性は勿論大切だが、メディアは権力を監視する使命をもっと強く自覚すべきである。

政治家を志す者は権力志向が強い。その目的を達するには資金力も必要となる。従ってその日常は常人とは大いに異なる。この権力を前にしてメディアが萎縮すれば民主主義は成立しない。メディアの性根も試されている。

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山中 千代衛