山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 619)

2015・4・13(月) 決断の条件

人々は一生に一度か二度決断を求められる秋がくる。
どのようにして決断のプロセスを正しく遂行できるか大問題である。

国で言えば昭和16年12月日米開戦を決定した状況を考えると、実は衆議の末誰も決定を下さず、次第に開戦へと追いつめられて行った様子が明らかである。

ついに御前会議で開戦の空気が漂いそのまま宣戦布告に流れて行った。現下の条件を客観的に判断し、戦うか、非戦かを冷静に考察する状態ではなかった。仏印進駐の効果を甘く見て、石油禁輸の要求をつきつけられ、右往左往しながら現況に耐えられず、見通しもなく、開戦に踏み切っている。イチカバチカだ。

この時もう一つの途は決断をしない。そのまま成り行きにまかせる道もあったかもしれない。要するにグズグズして態度を明らかにしない立場も大切だ。しかしてこれも最後の最後まで突き進んでしまうとこの道はとれない。

二者択一を迫られた時、その各案件の利害得失を出来る限り追求することになる。それでも未来は完全に見直せるものではない。結局どちらを採っても不安定なのだ。この時清水の舞台から飛び下りる気持ちで決断すると、先の日米開戦のような事態に陥るのである。

可能な限りの未来予測をしても人智の程は高が知れている。そこで人々は権威にすがりつきたくなるのである。まさに神頼みの状況が出現する。

神州不滅、いざとなれば「神風が吹く」と信じた先人の行動はこの状態を示している。神風は決して吹かなかったし、膨大な犠牲の上で4年の年月を経て、問題は落着した。

何と決断の難しいことか、日本は国を挙げて貴重な経験をしたのである。

個人とても同じだ。山村雄一先生の「夢みて行い、考えて祈る」が貴重な教訓かと思われる。

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山中 千代衛