山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 630)

2015・7・6(月)歴史の真相

7月ともなれば70年前の敗戦の日がつくづく思い出される。この年月を経て戦争の経験と実感をもつ人々が次第に少なくなり、現在日本の政治を担い、産業を運営している、また教育に従事している人達は戦争の苦労を知らないし、平和の中繁栄をつづけた日常の生活に慣れ親しんできた。

このこと事態はまことに結構なことであるが、世界中未だに戦争が続いていて、実力で物事に決着をつけようという風潮は依然として強いものがある。

わが国は昭和20年を契機として歴史の真相は全面的に書き換えられたのである。歴史そのものは時代時代の勝者の言い分が反映されて書き上げられてくる。

400年の昔戦国時代はまさに信長、秀吉、家康の角逐の末、勝者江戸幕府の考えで歴史が書かれた。明治維新になって長州閥の覇権が確立し、その正当性が唱われてきた。天皇神聖説まで現れた。近年になって明治維新が誤りだったという説も出てきた。歴史の真相はことほどさように複雑で一方的見解で書き下せるものではない。

隣の中国においても、漢、唐、明、清と王朝は300年毎で交代し、目下共産党政権が君臨している。歴史の扱いはその度に塗り替えられてきた。まさにその真相は後世の評価にゆだねられているのである。

さてわが日本において昔から日本人は鋭敏な感性をもつと言われてきた。日本の風土が不安定で、大陸とは異なり地震、台風、春夏秋冬の変化が著しく、その変化に備えるための感性が育まれてきた。

その結果日本社会には機敏な対応と決断が備わっていたが、前大戦への無謀な決定の結末に、あらゆることに検討と調査が不可欠であることを痛感させられ、今や機敏な決断を下すことは略不可能な精神状態にある。

平和憲法を世界に誇るのはすばらしいことであるが、70年不磨の大典では実情にそぐわないことも多分に現れてきた。よりよい憲法に改訂することは歴史の真相の解明とともに不可欠になりつつある。この憲法を金科玉条にしてきたのは歴史の真相が十分解明されていないからであろう。

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山中 千代衛