山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 632)

2015・7・21(火)新国立競技場

イラク出身の建築家ザハ・ハディド氏設計の新国立競技場は2020年東京五輪パラリンピックの主会場として使う予定で、さらに2019年のラグビーワールドカップ(W杯)でも利用する計画だった。

建設コストは1300億円ということで進められたが、総工費2520億円に上がることが判明し、いろいろ世論の反発もあった。東京都知事舛添要一の反対も強く、東京オリンピック組織委員会森 喜朗会長の石川産の蜂蜜でもなめて甘くなれと言われるに及び、口をつぐみ有識者会議では全員一致で承認された。誰一人この空気に逆らえないのである。

顧みれば、日米開戦の決定も誰一人責任者がいないのである。総理大臣、参謀総長、軍令部長が決定を先のばしする間に、着々と準備がすすみ後にひけなくなって、開戦に及んでいる。

何が決定権を持ったかと言えばその場の空気なのだ。阿吽呼吸と言うか全く無責任な話である。結局責任者がいない内に、いわゆる官僚組織が結末に導いてしまったとでも言わねば白黒がつかない。

有識者会議という存在は責任を不明確にするシカケにすぎない。真の決定は空気がきめているのだ。これを中空的権力構造と呼ぶ。

満州事変然り、支那事変然り、先の大戦で英国の戦艦プリンスオブウェールズとレパルスがわが海軍航空隊の爆撃で撃沈した事実があって、超戦艦大和、武蔵をつくりつづけ、何ら戦果を挙げ得なかったこともまさにこの決定構造によるのだ。

今回想しても大和、武蔵は一昔前なら見事に造形美を誇る存在であったが、時代を間違えた。

さて今度まことに新しいことに安倍晋三首相は新国立の白紙撤回を宣言し、改めてゼロベースで見直すと表明した。安全保障関連法案の強行採決で内閣支持率が低下したのも今回の決定の背景にある。

過ちは改めるにしくはなしである。

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山中 千代衛