山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 637)

2015・8・24(月)歴史は勝者が作る

「宮さん 宮さん お馬の前にひらひらするのは何じゃいな」「あれは朝敵征伐せよとの錦の御旗と知らないか トコトンヤレ トンヤレナ」の歌と共に西郷隆盛の率いる討幕軍は東に進軍し、江戸城開城慶喜公上野蟄居、さらに東北、北海道まで兵をすすめ江戸幕府は崩壊した。彰義隊や会津若松の白虎隊の奮戦は哀史として残るのみである。

そもそも戊辰戦争は尊王攘夷と開国の争いであったが、終われば明治維新、薩長の時代がやってきた。明治の歴史はこの流れで書きあげられている。

先の太平洋戦争ではわが国の大陸侵略、植民地支配が問われ、平和に対する罪、人道に対する罪で極東国際軍事裁判が開かれ東条英機ら25被告を審理し、A級戦犯として7名が絞首刑に処せられた。

インドのラダ・パール判事の事後法で裁判をおこすのは不可とか、ダグラス・マッカーサー元帥もこの戦は資源を断ち切られて日本の自在自衛のための戦争だったと認めたと言われている。

しかしポツダム宣言を受け入れ、平和条約を締結した日本の立場は東京裁判をそのまま受けとるということであった。このように勝者がすべてを決めるというのが戦争の経過なのである。

ちょっと考えても負ける戦争など始めないのが一番である。残念なことに当時の日本軍部の思い上がりはまことに想像を絶するものがあった。「敵を知らず、味方を知らねば百戦殆うし」という孫子の兵法も彼らの目に入らなかった。さらに当時のマスコミも戦争をあおった罪はきわめて大きい。全く軍の代弁者に過ぎなかった。

中国共産党が戦勝70周年の記念行事を大々的に開催するという。日本は中国で負けたことは一度もない。また韓国においておやである。太平洋戦争で米国に屈服させられたのが実態である。

韓国は慰安婦問題に未だにこだわっているが、実はわが国で公娼制度は昭和33年4月売春防止法が成立するまで赤線地区として存在し、戦時中はこれらの人達が戦地でも働いていたのは事実である。

戦時中動員された女子生徒が工場で働いていたのを女子挺身隊と称したが、これを慰安婦と誤報したのも日本の新聞だ。これらの新聞は全く見識のない記者が作っていると言わざるをえない。マスコミは国のレベルを表すのである。

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山中 千代衛