山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 644)

2015・10・13(火)時代の変遷

世相は時と共に変化する。早い話が200年前日本は武家政治、江戸幕府が大老を中心にあらゆることを決定していた。身分も士、農、工、商と区別され、武士が頂点に立つ時代体制であった。

150年前の明治維新で幕府が打倒され、王政復古の天皇制政治が復活した。それでも明治の時代は厳たる身分制度が存在し、士族、平民と区分があり、その上に華族という上流社会が設けられ、旧大名の一族がそれに連なっていた。

それも70年前の戦争の結果、日本は敗戦国として連合国軍わけても、米国のGHQの下、7年間占領された。当然の結果として国情は大変革をうけ、平和憲法が設立され、それ以降日本はアメリカを頭とする組織の中にまさに属国として組み込まれてしまっている。

戦争華やかなりし昭和の時代、日本は東洋の盟主として君臨し、万事が軍のいいなりであった。男子の本懐は天皇陛下のため、国のため、命を捧げることが常識の時代であった。
「勝ってくるぞと勇ましく、誓って国を出たからは、手柄立てずに死なりょうか、進軍ラッパ聞くたびに、まぶたに浮かぶ旗の波」という次第。

これが段々高じて兵力不足、人権無視の日常が続いた。
軍馬調達には一頭80万円かかるが、兵士一人動員するのは一銭五厘といわれた。召集令状葉書の切手代一銭五厘である。

航空兵力の操縦士を養成するのに5年はかかるのに、命惜しまず戦い、落下傘で助かる命を救いもしない。まさに消耗品使いである。これでは如何に忠勇な兵でも戦に勝てる筈がない。兵站を無視した作戦をすすめ、遂には6000人とも言われる特別攻撃隊の生命を無駄にした馬鹿作戦の挙げ句、敗戦である。こんな時代も変化の中に現れるのだ。

変化に対応して自ら変化しなければ時代に取り残されてしまう。「民主主義は既存の政治を除けば最悪の政治体制である」チャーチルの至言だ。それでも昭和の軍事優先の姿にくらべると何と平穏なことであろう。

しかし中々政治は良くならない。新内閣が唱える1億総活躍の国とはどんな国なのかよく分からない。でも変わらなければならないのは歴史の通りだ。

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山中 千代衛