山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 646)

2015・10・26(月)十有五にして

論語に曰く「十有五にして学に志し、三十にして立つ。四十にして不惑、六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて則を越えず」という。

筆者の経験からして十五歳で旧制高等学校理系を選んだのはまさに論語のいう通りである。「青年老い易く、学なり難し」はこのあたりを指している。三十歳に大阪大学工学部の講師になったが、やはり「立つ」というのはこのことであった。責任のある地位に初めて就いた訳である。

さて三十八歳の時大阪大学教授に昇任した。まさに「不惑」である。他に道はない。これ一筋で突き進むのが使命と感じた次第である。最早いろいろ進路を探る余裕はなくなった。

六十歳にして「耳順」とは修練がすすみ、開く所、理にかなえば何らの障害なく理解しうるという心境とされている。この辺から実際の現代人生と論語の世界は次第に乖離が生じていく。中々耳は従わぬのである。

七十にして「心の欲する所に従いて則を越えず」はそもそも活動力が衰えてきた証拠であろうか。大徳寺の尾関宗園師の「七十、八十働き盛り」の方が元気があって、現代的である。現実に七十、八十歳の年輩者が実社会で大活躍している。

それでも九十ともなれば、心は欲しても肉体が動かぬという時代がやってくる。まさに心の欲するところに従いて則をこえられずということになる。

人生は長いようで、実は大変短い。やるべきことがまだまだ山のように毎日押し寄せてくる。いかにうまく捌くかが腕の見せ所である。力の限り、体の働く限り、突き進みたいものである。

「十有五にして学に志す」の時代が懐かしい。

お便りはcampaign@optolab.co.jpまでお願いします。

山中 千代衛