山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 660)

2016・2・2(月)爆弾三勇士

「廟行鎮の敵の陣 我の友隊すでに攻む
 折から凍るきさらぎの 22日の午前5時

 命令下る正面に 開け歩兵の突撃路
 待ちかねたりと工兵の 誰かおくれをとるべきや

 中にも進む一組の 江下 北川 作江たち
 りんたる心兼ねてより 思うことこそ一つなれ

 時なきままに点火して 抱き合いたる破壊筒
 鉄条網に到り着き わが身もろとも前に投ぐ

 轟然おこる爆音に やがて開ける突撃路
 今わが隊は荒海の 潮の如く躍り入る

 ああ江南の梅ならで 裂けて散る身を花と成し
 仁義の軍に捧げたる 国の精華の三勇士

 忠魂清き香を伝え 長く天下を励ましむ
 壮烈無比の三勇士 光る名誉の三勇士」

昭和7年上海事変のことである。当時は国力に余裕があったから全国に爆弾三勇士の銅像が立てられた。

今日どこを探してもその痕跡一つもない。これは毎日新聞の公募による歌で全国で唱われた。朝日新聞は「戦友の屍をこえて突撃す。御国のために…」と歌った。レコードのA盤とB盤に出ていた。

時代の変わりはまこと天地が入れかわる感じである。

2月になるとこの歌を思い出す。

お便りはcampaign@optolab.co.jpまでお願いします。

山中 千代衛