山中教授のマニフェスト(OELキャンペーン 664)

2016・3・2(月)わが電機業界の栄枯盛衰

世の中は不断に変動している。筆者らが大阪大学レーザー核融合研究センターを開設した1970年代はまさに日本の電機業界の躍進時代であった。

ガラスレーザー激光IV号4ビームシステムは三菱電機が中心になり、保谷ガラス、沖電気、指月電機の協力により、世界最初の燐酸ガラスを採用したレーザーとして登場した。

ついでガラスレーザー激光MII号を手がけた。実はこの計画は12ビームをねらっていたのだが文部省が「一度2ビームでやって見ろ」ということで日本電気が協力し、ガラスレーザー出力2ビームシステムが米リバモアの「アーガス」に対抗して完成した。見事な出来栄で福田赳夫首相も見学に来られた。

日本電気の小林宏治社長はパワーレーザーについては「山中先生の言う通りやれ」と社員に命令してくれ、府中にパワーレーザー開発部が開設された。小林社長は「ビコーズ 研究所はお師匠さんである」とよく言われた。ついで激光XII号12ビームガラスシステムは1983年に完成し、米リバモア研のシバレーザーに対抗して活躍した。現在もなお改良を加えながら、現役で稼働している。

日本ビクターがVHSビデオデッキを1976年発売し、ソニーが有名なウォークマンを出したのが1979年だ。1985年には東芝が世界初のノートパソコンを発売し、96年には世界初のDVDプレーヤーを出している。

シャープは元早川電機と言ったが、大阪のど真ん中にあり、阪大の卒業生も多数就職し、アイデア勝負のすぐれた企業であった。現にレーザー研が半導体レーザーレーダを内浦のロケットセンターから超高層のイオン状態を観測するためにAZL計画の打上げをすすめた1971年、積極的に協力してくれた。進取の念に富んだいい会社であった。

2001年液晶テレビ「アクオス」を発表し大規模な投資を行った。これが災いした。時代はアナログ技術の時からディジタル技術へ移り、技術移転がきわめてし易くなった。その結果韓国サムソン電子がIT企業で世界最高水準になり、シャープは今や台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に買収されようとしている。

2009年日立製作所も赤字を計上、もう総合電機にこだわらないと宣言し、家電部門をリストラし、鉄道などのインフラ事業に移行している。パナソニックも看板だったプラズマテレビから撤退し、自動車や住宅関連ビジネスにシフトしている。東芝は不正会計が発覚し、事業の売却などリストラを急いでいる。

かつて日本が欧米から市場を奪ったようにアジアの企業の台頭で産業構造に大変化がおきている。中国のハイアールは三洋電機を買収し、米GEの家電部門の買収に進んでいる。

栄枯盛衰は世の習いと言いながらわが日本の活力は今や漸減の日を迎えている。
アベノミクスでは力不足だ。さてどうするか思案のしどころである。

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山中 千代衛